10日目 闇の中に消えた美女
旅も終盤戦。今日はガヤー駅の列車に乗ってデリーに向かう。列車の時刻が午後2時半だったので、相談の結果ブッダガヤで昼飯を食べてから駅に向かうことになった。昼にホテルを出るまでは自由行動である。
朝はホテルの近くのカフェで昼食を食べる。パンケーキを頼んだ。インドでは簡単な料理でも出てくるのに時間がかかるのでゆったりとした朝食である。屋外のテーブル席で我々が品物が出てくるのを待っていると、中国人らしき女性(おばちゃん)が英語で我々の隣に座ってもいいか、と聞いてきた。屋内では蚊がひどいらしい。たしかにブッダガヤの食い物屋は蚊とハエばかりである。
はちみつのかかったパンケーキを食べた後、一人でマハボーディ寺院に向かう。他の三人はホテルで休憩するとのこと。マハボーディ寺院に行く理由はおみやげを買うためである。寺院前の歩行者天国の通りには露天が多数あり、安くおみやげが買えそうだ。また、自分用のおみやげとして、数珠を1個買うつもりだった。
寺院前の通りにつくと、いろいろな露店が目に入ってきた。まあ品揃えなんてほとんど同じで、仏教関係の品物(仏像とか)、観光地っぽいもの(ポストカード)とかの類である。2つの露天をまわり、数珠2つ、キーホルダー1つ、角度によって仏像とマハボーディ寺院が交互に浮かび上がるポスターを買った。値段はあまりふっかけられることはなく、数珠は2つで100ルピーであった。すべて言い値で購入。そして歩いていたら一人の男が木の葉を売ろうとしてきたのでこれも購入した。この木の葉はブッダが悟りを開いたところにあった木の末裔のものらしい。10枚入り1袋100ルピーで売る、と言っていたが、一度断って歩き始めたら即座に半額になった。原価はもっと安いのだろう。そりゃそうか、葉っぱだし。いや、有難い木の葉っぱだからもっと高くてもいいと考えるんだ。安く買えたと考えるのだ。
買いたいものは買ったのでホテルに戻ろうとすると、寺院につながる歩行者天国の入り口のところで物乞いにつかまった。2人の女の子であり、一方は9歳、もう片方は6歳くらいだろうか。物乞いが持つ、小銭入れのおわんをもって僕の周りにまとわりついてくる。困った。寺院の入り口から200mほど離れたところまでついてきたので、無視して寺院の遠景を撮ることにする。ついでに、インドの物乞い少女を記録しておくのもいいかな、とおもい、カメラを指さしジェスチャーで写真を撮ってもいいか、と聞くと大人しく2人並んでくれた。1枚とってから手持ちの小銭をおわんの中に入れて上げたが、どうやらこれでも不満だったらしく、早足で立ち去ろうとした僕にまだついてきた。ホテルの前までついてきたら20ルピーくらいあげようか、と考えていると、ホテル手前100メートルのところで子供たちも観念したらしく、すごすごと引き返していった。ちょっとだけかわいそうな気持ちになる。
12時近くまでホテルで休憩し、荷物を整える。その後はリクシャーを捕まえる前に全員で昼飯を食べに行く事に。前日行ったチベット料理の店、カフェ・マウンテンに行く。皆インド料理に疲れているようだったので、またチベット料理でも悪くないと思ったのだ。僕はMomosというものが気になったので、ゆで飯とBuffaro Momosを注文した。インドでは牛肉はバッファローと表示されているのである。結果牛肉入り餃子がでてきた。インディカ米のゆで飯と餃子ではバランスが悪い。日本のご飯だと餃子に合うのだが、粘り気がないインディカ米の白飯では汁物と合わせないと結構辛い。1年のSは餃子とフライドポテトという組み合わせであったが。
昼飯の後はリクシャーを使ってガヤー駅へ。(比較的)平和なブッダガヤからデリーに戻るのは少し気が進まないが、デリーに一旦戻らないと日本に帰れないのである。ガヤーから日本行きの飛行機が出てればいいのに、とか若干思いながら駅に着く。もう運転手の隣でリクシャーから振り落とされないようつかまっているのにも慣れた。
ガヤー駅で列車を待つ。駅の入り口のあたりで電光掲示板を確認し、出発ホームを確認する。ガヤー駅は物乞いが何人かうろついていた。我々のところにもやって来たが、一回断ったら粘らずそのまま別の人のところへ行ってしまった。
2時間弱待っていたら列車がやって来た。今回は全員近くの席なので気楽である。ウェイティングリストでもないので安心して乗れる。列車の外にある表示を確認すると目的のデリー行き、AC3クラスであった。列車の乗り方にも大分慣れてきた。最もこれが最後の列車なのだが。
3段寝台の席で4人座ってくつろぐ。物売りのおっさんがチョーミン(焼きそば)を勧めてきたので買う。他の3人はあまり食欲がないようだ。6人用の席だったのでしばらくするとインド人が2人やってきて座った。その後車掌がやって来てこの2人としばらく論争していた。我々はチケットを出すと毎回10秒くらいでチェックして返してくれるのだが、インド人の乗客は車掌となぜか長々と論争していることがある。このような光景は何回か見た。インド人乗客の買うチケットは問題があることが多いのだろうか。そのうち車掌は行ってしまい、結局インド人2人はそのまま座席に座り続けていた。
しばらく景色を眺めて、夕暮れが近くなってきた時にトイレに行きたくなった。入ったトイレは洋式で、よく見ると出したモノが落ちていくところから光が見えてきた。どうやら線路の上に直接モノを落とすという単純明快なシステムになっているらしい。ここで用を足すと尻に夕日の光が届くわけである。
席にもどってだらだらしていたら、係員らしき人がやってきて、ディナーはいるか、と聞いてきた。ノンベジのディナーを3人分頼み、腹の調子が悪い2年Mはアルファ米と缶詰を食べることに。
ところで、インドの列車は運転中もドアが開くようになっているらしく、列車の窓から眺めていると、列車のドアを開けて油断したら落ちそうな場所にインド人が立っている光景をよく見かける。この列車でも、インド人がドアを開けて夕日を眺めていた。自分も夕日を直接見てみたいと思ったが、そのインド人のおっさんは夕日が沈むまでどきそうになかった。
日が暮れて、ムガルサライ駅に到着した。我々も利用したバナーラス近くの駅である。この駅から出発すると、自分もドア開けに挑戦してみようという気になった。ドアの固定箇所を2箇所外すと、いとも簡単にドアは開いた。列車が動いていると落ちそうで実際怖い。ドアが開いたところで写真を撮って、閉めようとすると後ろから物売りのおっさんが声をかけてきたのでびっくりしてしまい、「ノー、ノー、ノー」とマヌケな返事をしてしまった。ドアを開けている人間にも「ペットボトル水はいるかい?」と自然に聞いてくるのである。その後しばらくして列車が止まったので、ドアをそっと開けてみた。外は真っ暗で、何も見えないなーと思うがいなや、突然人影が現れた。
「ダレダダレダ?ナンダナンダ?」
と思う間もなく、彼女は(女性であった)列車の中に入ってきた。ここはプラットフォームでもなく、駅でもないようなのにいきなり入ってきたのである。サリーを着たいかにもインド人、といった感じの女性で、なかなか端正な顔立ちであった。考える間もなく、その女性は僕の前に一旦立ち止まり、僕の腰に手をあてて、笑顔を僕に向けると、すぐさま反対側のドアを開けて闇に消えていった。
「なんだったのだろう。今のは。」
彼女が現れてから消えるまでおよそ20秒。僕はポカーンとする他なかった。おそらく、彼女は線路の向こう側に渡りたかったが、夜中にわざわざドアを開けている人間がいなかったのだろう。そこで、たまたま好奇心でドアを開けた僕のところから入ってきたのだろう。なにはともあれ、こんなことが起こるのだからやっぱりインドは神秘の国なのである。
席に戻ってしばらくしたら夕飯がやって来た。チキンカレーとダール、主食は米である。デザートにパンの砂糖漬けのようなものがついていた。カレーは何度も食っているがなかなか飽きないものである。他の3人は飽きてきているようであったが。
飯を食べてしばらくしたら、壁に固定されている寝台を倒してチェーンで吊り下げ、寝床を作る。荷物は一番下の寝床の下の隙間に置く。前回は座って寝たので、ようやく快適な夜行列車の旅を満喫できるのだ。寝床についてうとうとしていたら夕食の料金徴収がやってきた。もうちょっと早くやって来ればいいのに。1食75ルピーであった。料金を払ってしばらくしたら列車の振動でそのまま眠ってしまった。