9日目 インドの座禅とトトロの木

朝起きたら朝飯を食べにホテルから出て近くにあるカフェに向かう。このカフェは外国人観光客が利用していたので、我々もそこを利用することにした。中に入るとやたら蚊やら蝿やらが飛んでいた。外の席のほうがマシだったかなー、と思いつつサンドイッチを注文する。待っている間に店員が蚊取り線香を持ってきてくれた。

朝食をすませたらマハボーディ寺院に向かう。ブッダガヤ観光のメインであり、ブッダが悟りをひらいた地に建つ仏教最高の聖地である。ホテルからガイドブックの地図に従って歩いたらすぐであった。

寺院へ向かう道は歩行者天国になっており、露店がやたら並んでいる。寺院の入り口でカメラの持ち込み料を払い、靴を預けてから探知機のゲートを通って中に入る。身体検査などは特になかった。

しばらくして列が進み、尖塔の中に入ることができた。中には黄金色の仏像が安置されており、僧侶が念仏を唱えていた。列に並んだ人はみな仏像を拝んだ後、順路に従って出ていった。お布施を入れる箱にお金を入れる人もいる。自分も見様見真似で仏像を拝んだ後、尖塔から外に出た。

マハボーディ寺院

尖塔の周りには木が祀られている。ブッダは木の下で悟りをひらいたそうだが、その木の末裔が祀られているそうだ。多くの人がこの木に向かって念仏を唱えていた。この寺院にはインド人より、もっと色の白いアジア系の人が多いようで、日本人らしき人も木に向かって念仏を唱えていた。なかには欧米人もいる。仏教の聖地で祈りを捧げるために世界各国から人々がやってくるのだろう。

寺院の中にある広場では、多くの人が自分用の席を設営し、寺院に向かって祈りを捧げていた。この祈りの捧げ方がなんともダイナミックであった。五体投地というものであろうか。地面に垂直に立った状態から、身体を前方に投げ出し、地面に手をついて手を前に滑らせながら体を伸ばす。地面と平行になった後すくっと立ち、また同じ動作を何回も繰り返すのである。このため地面に木の板とクッションが置かれ、手がスムーズに前方に滑るよう工夫がなされている。かなり体力を使いそうな動作であり、スポーツジムに来たのかと勘違いしそうになる。なかにはトレーニングシャツを着て祈りに励んでいるおっさんもいた。

しばらく自由行動とし、寺院の中を歩きまわる。ブッダが沐浴したという池や、英語でうんちくが書かれた案内板、ポップな念仏を唱えている人々、などいろいろなものが見られた。聖地といってもそれほど荘厳な趣があるわけでもなく、やたらニギヤカなのである。日本人が珍しいのか、ふらついている間にインド人に2回話しかけられ、そのうち1回は一緒に写真を撮らせてくれ、と言ってきた。

木のまわりで祈りを捧げる人

寺院観光を満喫した後、ホテルに帰ることにした。ホテルに向かう途中、午前中は寺院観光だったが、午後はどこに行こうかという話になり、適当に歩いてガイドブックにあるトトロの木に行こうということになった。ホテルでしばらく休憩した後ガイドブックに従ってブッダが修行したという前正覚山に向かうことにする。

山に向かって街外れにきたところで、少年がついてきた。どうも、トトロの木まで案内してくれるそうだ。道もよくわからないので成り行きでついていくことにした。しばらくしてバイクに乗ったインド人2人が「トトロの木まで連れて行ってやろうか」と言ったが、やはりうさんくさいので軽く無視しつつ歩いていたらそのうちいなくなってしまった。そのまま少年についていくと、やがて麦畑の中を通るあぜ道になった。やがて小さな村の中を通る。塗り壁や煉瓦でできた粗末な家が並び、牛がつながれている。我々が村の中を通ると、日陰で休んでいる女性たちがジロジロこちらを眺めていた。

暑い日差しの中、水を補給しつつ行くとやがて大きな木が見えてきた。トトロの木だ。まばらにある林とは独立して1本だけ巨木が生えており、なかなか壮大な景色である。木の向こう側にはだだっ広い平野にひとつだけ突き出た山があり、そこがブッダが修行したという前正覚山であることがわかった。

突如あらわれたトトロの木

木の下には子供たちが集まっており、木に登り始めたので我々も登ることにする。最初は足を引っ掛けるところがなかったので苦戦したが、そこさえ越えてしまえばあとはスイスイと登ることができた。登っていると下にさらに子供たちが集まってきた。インドの子供たちと触れ合った後(たいてい、何かくれ、という話である)、木から降りて帰ることに。木の下にはレンタサイクルでやってきたという日本人観光客もいた。帰ったらレンタル代をぼられるだろうな、と話していた。

帰り道も先ほどの少年に案内されつつ、ブッダガヤの町まで歩いた。途中、村を通り過ぎるあたりで小さな男の子1人が「まねー、まねー」と言いつつ100mくらいついてきた。やはりインドは恐ろしい国である。案内してくれた少年もチップを要求してきたので、いくらか渡して別れた。いやはや疲れた。

トトロの木から帰ってきたところで、ブッダガヤにある日本寺に行く事にした。インドで日本寺に訪れるというのもなかなか面白い話ではないか。さらにその日本寺で座禅を組めるというのだから行かない話はない。ブッダガヤの通りを南に向かう。ブッダガヤには各国の仏教寺院があり、日本以外にも東南アジアや東アジア各国が寺を建てている。日本寺に来るまでに日本寺とは似ても似つかない各国の寺院を見ることができた。

さて、日本寺はパッと見たところ日本と変わらない建築様式であった。おなじみの形の門から入るとわりと広く、日本と同じように本堂があったり鐘があった。日本寺にはないような謎の石造りのドームがあったりしたが。到着したときは座禅を組む時間には早すぎたので、寺の中にある図書室で時間をつぶした。図書室には日本語で書かれた仏教関連の本があり、自分はマンガで仏教の何たるかが描かれた本を読んだ。

インドの日本寺

座禅の時間になって本堂へ移動した。本堂には座禅を組もうとする人が集まっており、なかには欧米人もいた。日本人も座禅を組んでいた。自分も見よう見まねで座禅を組む。最初の30分ほどの間に念仏が唱えられ、その後の30分は静かに座禅を組んでいた。目を閉じていても、蚊に刺されたところがかゆみ出したり、座禅を組んでいない観光客がカメラのフラッシュをたいたり、リクシャーのクラクションの音が聞こえてきたり、そうでなくても頭の中は雑念だらけでとても心が清らかになる気がしなかった。

座禅の時間が終わり、外に出ると、後輩は「起きているのか寝ているのかよくわからない境地にたどり着いた」と言っていた。それでいいのかはともかく、どうも僕の人生初の座禅はあまり清らかなものではなかったようだ。寺をでると日が暮れようとしていた。またチベット料理の店に入って夕飯を食べる。明日は最後の列車に乗る日である。

→次 10日目 闇の中に消えた美女

←前 8日目 悟りの地は田舎町

インド旅行記一覧へ

写真館へ