13日目 さらばインド
今日はどこの観光地にも行かず、まっすぐ空港に向かうことにする。前日デリーのめぼしい観光地はすべて廻ってしまったし、荷物を持ってメインバザールをうろついたりする気にもなれなかったのである。
ホテルの屋上で朝食をたのむ。この日はインド風の朝食をたのんでみることにした。チャパティとやたらしょっぱい漬物が出てきた。塩気とスパイスのきいた朝食だがなかなかうまい。
朝食がすんだらすぐにホテルから出てニューデリー駅に向かう。駅からエアポートメトロに乗って空港に向かうのだ。まだ人があまりいないメインバザールを通過し、ニューデリー駅の陸橋を渡って地下鉄駅を探す。途中、タクシーの運転手に、4人で空港に行くならタクシーのほうが安いよ、と言われた。どうせなら一度エアポートメトロに乗りたかったので運転手は無視して地下鉄駅に向かう。
地下鉄駅に入ると、中はがらんどうであり人はほとんどいない。金属探知のゲートと係員がいるだけである。ゲートがあるのだからここが入り口には違いないだろうが、いくらなんでも利用者が少なすぎるだろう、と思いつつゲートを通過する。係員にはポケットの中まで検査された。けっこう厳しい。
ゲートを通過し、下に降りていくとチケットの販売窓口があったので、空港までのチケットを購入する。このチケットはやたら高く、さっき運転手に言われたようにタクシーのほうが安かった。タクシーのおっさんもたまには正しいことを言うのだ。購入したチケットはコイン状のプラスチック製であり、窓口のお姉さんはこのコイン状チケットを天秤のような台の上に置き、なにか情報をインプットしてから渡してくれた。中身を書き換えれば何度でも繰り返し使用できるのだろう。
プラットフォームへ向かうには改札を通る。自動改札機にコインをかざすと通過できるようになっていた。この地下鉄駅はやたら綺麗で、インドの中とは思えない光景であった。さらに下のプラットフォームに降り、しばらく待っていると列車がやってきた。空港行きである。列車の中に入ると目を疑った。近未来的に白で統一された内部には、整然と席が並んでいた。列車の現在位置を知らせるパネルは青い光で点灯し、ひと目で次の駅までどのくらいかかるかわかるようになっていた。まるでSF映画の宇宙船を思わせる造りであった。
インドといえばインフラがまるで整っていない、ということはこれまでの旅でわかっていたことだが、この空港線だけは例外であった。これなら高額のチケットを払ったかいがあるものである。しかし、乗客は極端に少ないようで、我々の乗った車両には他に誰も乗っていなかった。そもそも、厳しい身体検査があるのだから空港を利用する人くらいしか乗らないのだろう。この路線の収益はどうなっているのやら。
やがて列車は滑るように発車し、空港に向かう。列車はやがて地下から地上へと走り、デリーの景色を楽しませてくれた。列車内には写真禁止とはっきり書かれているので、写真が撮れないのは残念である。
やがて列車は再び地下に潜り、空港に到着した。飛行機が出発するのは深夜なので、12時間以上のんびりできる。地下鉄駅の上階部分でだらだらして待つことにした。空港の出発ロビーに入ろうにも、時間が早すぎて入り口のライフルマン(ライフルをしょった警官らしき人)に追い返されてしまったのだ。
地下鉄駅上階部分で寝ていると、なぜか無言の男2人がよってきたらしく、1年に起こされた。慌てて起きるとその2人の男は無表情で去っていった。こんなところで寝ていると危ないよ、と言いたかったのだろうか。周りには同じように寝ているインド人もいたが、そのふたり組はその連中にはとくに何もしなかった。
昼が過ぎ、日が落ちてきたところで出発ロビーに入れた。中でしばらく待っていると航空会社のチェックインが始まり、航空券を受け取って出国する。出国カードを適当に書いて審査官にわたし、しばらくしてパスポートにスタンプが押された。これでとうとうこの国から出れるのである。
出国審査の後はルピーが両替できないことがわかり、余ったルピーを慌てて消費する。土産店でお茶と木彫りの象を買ったら残り400ルピーになった。あまり粘ると乗り遅れそうなのでここで諦める。搭乗ゲートに行き、飛行機に乗り込む。やがて飛行機は出発し、ここでインドの旅は終わる。後は来た時と同じように上海でだらだらして中部国際空港に向かうだけだ。
さて、インドの旅が終わったところで、今回の旅を総括してみたい。まず、インドは日本人には刺激の強い国である。カルチャーショックの強い国だろう、と思っていたが、何もかも日本とは違うのだ。街中を歩くだけで、異質なものが目に飛び込んでくる。牛だったり、ウンコの山だったり、まるで死体のようにして寝ている犬だったり。
また、インドは人の山である。この国では、人間が湧いて出てくる、という表現がぴったりで、ホテルから1歩出ればたちまち人がよってくる。物乞い、物売り、リキシャ、興味しんしんの子供、なにかわからないけど話しかけてくるおっさん。大通りにでれば地面が見えないほど車と人でごったがえしている。
インドは宗教の国、天竺であるが、自分にとってはそれ以上に、「人間の国」であった。この国ではあらゆる人間がエネルギッシュに活動しており、合わせようとするとこちらの身がもたないように思える。しかし、ウソツキの商売人、つきまとってくる物乞い、ただの好奇心で話しかけてくる人達、こんな人々と接するのがインドなのだ。
インドに行ったら、人生に役に立つ経験ができるとか、宗教に触れて高尚な思考ができるとか、またのんびり観光して、心を癒す、なんてことができるとは期待してはいけない。しかし、もし日本とは全く異なる世界に行ってみたい、異世界で自分はどんな反応を示すのか知りたい、という奇特な人には、ぜひインドに行く事を勧める。
さあ、混沌の国インドに行こう。ここでは、いろんな人々があなたとの出会いを待っている。そして彼らは言うだろう。「おー、まい、ふれんど」と。