あたしの道はあたしが決める

作者:守里 桐(@kiri_ragadoon)

原作:人知らず(@Hitosirazu456)

3

 あたしが目を覚ましたのは、もしものために確保していた洋館。ベッド横には博士が待機していて、軽く診察した後に人を呼んでくると言って部屋から出ていった。軋む四肢をどうにか動かして、ベッドから上半身を起こす。ベッドサイドには水差しが置いてあった。喉は乾いてるけど、今の状態でコップを持ったら落とす気がする。大人しく人が来るのを待つことにした。
幾ばくも経たないうちに、部屋のドアがノックされる。擦れた声でどうぞ、と返せば蝶番の軋む音と共にボスと博士が入ってきた。博士があたしにストローを差したボトルを渡し、部屋から退出すると、ボスはベッド横に置かれていた椅子にどかりと腰掛けた。
そこで語られたのは、ファミリーの解体と再出発の構想。大きくなりすぎたロッソファミリーは規模を縮小し、軍部や行政とのつながりもリセット。家族から再スタートするんだって。これはボスだけじゃなく、参謀も、他のみんなも納得したことだと言われてしまえば、あたしに拒否権はない。「しばらくは絶対安静だ、休養が開けたらリハビリから始めるぞ」とあたしの髪をぐしゃぐしゃにして、ボスは部屋を後にした。
絶対安静、と言われても、この部屋には暇をつぶせそうなものは何もない。せめて本の一冊でもあれば、と思うけど、この部屋にあるのはベッドと机と棚。棚にはガラスの瞳のテディベアが一つ置かれているぐらい。あたしのこと何歳だと思ってるの。文句の一つでも言えばよかった。
大人しく寝ることも考えた。だけど、今日起きるまでにたっぷり寝すぎて到底眠気はやってきそうにない。

「ちょっとぐらい、いいよね」

軋む関節を動かし、ベッドから降りる。扉に鍵はかかっていなかった。廊下に人の気配はない。恐る恐る扉を開け、壁を支えに廊下を進む。広くはないけど、きちんと手入れされた木の廊下。深呼吸をして、一歩——踏み出そうとして、ぴたりと止まる。階下から、参謀の声が聞こえてきたから。

「ええ。……も、元気でやっている? …………。なら、よかった。…………。わたし? こっちは何も問題はない。だから何も心配しないで」

良く知っている声、でも初めて知る音。冷血と名高い参謀にも、こんな暖かい言の葉を向ける相手がいたのね。彼女をあんな風にまぁるくする人ってどんな人なのかな。会ってみたい。好奇心に身を任せ、一歩、また一歩。確実に足を前に進める。ああ、自分の思い通りにならない足が恨めしい。

「…………。そう、また連絡する」

目を細め、かすかに口角を上げた表情は、普段の姿からは想像できないほどの慈愛が滲んでいた。
もうすぐ一階に着く。そう気を緩ませてしまい、ぎしりと木が鳴る。あたしが二階に戻るより、参謀が振り返る方が速かった。

「! あなた、どうしてここに」

あたしの身体を支えながら問い詰める参謀に、先ほどまでの優しさはないように見えた。言いつけを守らなかったこと、怒られちゃうかな。でも、瞳の奥に見える、微かな心配。

「ねぇ。さっき電話してたのって誰?」
「 新しい取引先だ。ファミリーが解散した以上、今までの伝手は使えない」
「ふーん。じゃあさっきのはハニートラップなのね? すごいわ、ファミリーのためとはいえ、あんな優しい声、初めて聞いた!」

わざとらしく察しの悪いように振舞えば、彼女は諦めたように息を吐いた。

「…………妹の娘だ。こんな愛想のないわたしにもよく懐いててね」
「まあ姪っ子さん。どんな人なのかしら。会ってみたいわ! だって、『冷酷無比な参謀様』を、ここまでまぁるくするような子ですもの!」
「、いくら同じぐらいの歳とはいえ、堅気の人間と会わせるわけには——」
「少しぐらいいいだろう。なにせファミリーは解散したんだからな」

焦りを含んだ声を遮ったのは、愉快そうなボスの声。その後ろ、玄関があるのだろう方向からバタバタと走ってくる博士。博士はあたしを見て「安静にしててって、言ったのに……」とぼやいていた。それにしても、どうしてあたしが部屋を出たことに気づいたのかしら。

「ここにいるのは、血はつながっていなくとも家族だ。家族の親戚に会うことに何の問題がある?」

黙り込んだ自身の右腕に、ボスはニヤニヤと笑いながら問うた。あたしには「参謀殿の姪御に会ってみたいよな?」と同意を求めてきたので、その問いに首を縦に振ることで答える。

「ほら、本人もこう言ってるんだ」
「…………はぁ。わかった。姪とは話を付けておく」

ため息とともに了承の意を示した参謀は、やるべきことがあるから、と言って執務室へと向かっていった。ボスはそれをイイ笑顔で見送ってから、ガシガシと後頭部を搔きながらあたしを見下ろす。

「それにしても、俺の娘は随分とお転婆だな。そんなに外に出たかったのか」
「……ごめんなさい。だって、部屋には何もないし、あそこにいてもつまらないんだもの」
「ほーう。つまらない、ねぇ。そんなに動きたいなら、今日からでもリハビリに入るか? まともに身体が動かねぇ間は外に出す気ねぇぞ」
「ボス、さ、流石にそれは」

博士があわあわとストップをかけるけど、それで止まるほどやわじゃない。

「もちろん! 今からでもいいわ」
「! む、む、無茶だよ。君はまだ目が覚めたばかりなのに」
「ふふ、博士、心配してくれてありがと。でもね、あたしは早くひとりで動けるようになりたいの。このままだとみんなにも迷惑かけちゃうしね。それに、姪っこさんがどんな子なのか、すっごく気になるんですもの!」


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