あたしの道はあたしが決める

作者:守里 桐(@kiri_ragadoon)

原作:人知らず(@Hitosirazu456)

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 日付が変わる頃にはパーティーも終わりに差し掛かり、一人、また一人とボスへ別れの挨拶をして帰っていく。周囲の人間が帰り始めているのに気づいて、帰り支度を始める人もいるみたい。残っている人が両手の指で足りるほどになったころ、あたしがコードを渡した人が出口に向かっていったのが見えて、無意識のうちに目で追っていた。その人は出口横に立っていたファミリーに何かを渡し、しばらく話し込んでいたけど、こちらに一礼してから去っていった。

「さて、君は一体何を企んでいたのかな」

最後の一人を見送ったところで、酷く不機嫌な声が浴びせられる。本性を見られて困る人がいなくなった途端、彼が豹変するのはいつものこと。わかっている。わかっていても、そのあとに起こることを否が応でも思い出してしまって動けなくなる。何も企んでなんかいないわ、そう言おうとして、ぶつりと電源が切れたかのように視界が回った。違う。視界が回ったんじゃない。改造によって得ていた能力がなくなって、身体ごと崩れ落ちていた。自分の意志で動かない四肢に焦りを感じると同時に歓喜が満ちる。やっと、やっと解放されるのね。

「は? 何が起きたんだ……?」

倒れるあたしを支えもしなかった婚約者サマは、突然の出来事に反応ができていない。そんな彼がおかしくて、あたしは吐息だけで笑った。笑われたことに気づいた彼は大きく目を見開いた後、ギッとこちらを睨みつける。

「まさか……! ッ、なんてことを!! あの力がなければお前なんて——」
「『お前なんて』、何だって?」

怒りに任せて振り下ろされた暴力は、あたしに触れる前に第三者によって遮られた。その手はあたしも良く知るもの。一度もあたしを害したことのない手。だけど、こんなに冷たい圧のある声は初めて聞いた。カリスマでこの街の裏を牛耳ってきた男から発せられる威圧は、あたしに向けられた物じゃないのに背筋がぞくりとした。哀れにも本気を真正面から浴びた彼は、みるみるうちに顔色をなくしていく。

「なぁ、俺の『娘』に何してんだ」
「ぁ、 いや、その……」
「ん? 言葉もろくに話せねぇのか?」

真っ青になった彼は「あ、う、」と呻いていたけど、なにかに気づいたのか勝ち誇ったような笑顔になる。

「はは、あははは! あー、残念ですよ。あの女の存在価値がなくなったことで、俺がこのファミリーを支援する理由はなくなった。契約違反だ。研究費は打ち切り。今まで融通を聞かせてきた場所や金、そっくり返していただきましょうか」
「さて、何のことだかさっぱり」
「普段あれだけ阿漕なことしておいて、自分が損することには知らん顔ですか? 随分と都合の良いことだ。契約書は俺が持っている。今更しらばっくれるなんてできるわけないんですよ」
「お前は契約書もまともに読めないバカなのかって言ってんだよ。……ま、所詮はその程度のやつだったってことか」
「は?」

ボスは彼を心底憐れんでいた。呆れたようにため息を吐き、「こんなバカに説明したところでムダか」とファミリー最大の支援者となっていた彼から完全に興味を捨てる。喚き散らす彼を無視してくるりと振り返り、背に庇っていたあたしを丁寧に抱き上げた。

「まったく無茶をする。だが、無事でよかった」

力の入っていない人間を抱えるのはなかなかに大変なはずなのに、そんな雰囲気を微塵も見せずに表情を緩めるボスは、血のつながりはなくとも、間違いなくあたしの父親だった。

「ど、どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!」

ボスの背後でガチャリと撃鉄が上がる音がする。危ないと口の形だけで伝えたあたしに、ボスは「大丈夫だ」と何かに確信と信頼を持っているようだった。

背後の銃の引き金が引かれる寸前、パシュッと乾いた音が響き、呻き声と液体が滴り落ちる音、拳銃が床を滑っていく音。——そして、ヒールが床を叩く音。ボスに抱きかかえられているせいで後ろは見えないけど、それだけの情報がわかれば何が起きたのかは容易に想像ができる。

「油断しすぎでは? わたしが来なかったらどうするつもりだったんだ」

予想通り聞こえてきた参謀の声に、ボスの確信と信頼の意味を理解した。彼女もパーティー会場にいるのであれば、確かに背後を警戒する必要はない。

「俺と『娘』の危機に、お前が来ないわけないだろ」
「……はぁ。まあいい。で? コレ(・・)の処遇はどうする」
「そいつはファミリーでもなんでもねぇからな。好きにしろ、と言いてぇところだが、腐っても国会議員サマだ。テイチョウにもてなしてやれ」
「了解、ボス」

参謀は「また後で」とだけ告げて去っていく。ずるずると重い物を引きずる音と共に僅かな抵抗の声は黙殺され、次第に聞こえなくなった。

「今までよく頑張ったな」

ボスは目を細めてあたしを褒める。硬いけど優しい手。ここが一番安全な場所なんだ、と思ってしまえば、途端に眠気が襲ってくる。今日一日気を張りすぎたみたい。

「眠いなら寝てていいぞ。おやすみ、———。」

懐かしい名前を、聞いた気がした。


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