あたしの道はあたしが決める

作者:守里 桐(@kiri_ragadoon)

原作:人知らず(@Hitosirazu456)

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「旦那様、お嬢様、この度はご婚約おめでとうございます。お二人の良縁が整われましたこと、心からお慶び申し上げます」
「ああ、ありがとう。俺も彼女と共に生きていくことができて幸せだよ」
「あたしも! こんな素敵な人に会えたなんて、とっても幸運だったわ!」

婚約パーティーとは名ばかりの「新兵器」お披露目会。その「新兵器」はあたしのこと。ファミリーの博士によって施された手術によって手に入れた、昔とは比べ物にならないほど健康な身体。その代償はファミリーに絶対服従の兵器となること。ボスが「貴重な『新兵器』を疵つけるな」と命じているからこその自由。ボスから「逆らうな」と言われてしまえば、あたしにできることは何もない。逃げることも、戦うことも、——死ぬことすらも。
それに、どうせあたしのことなんて、皆眼中にない。彼らが見ているのは、あたしの立場だけでしょう?
いつの間にか上手くなった笑顔を張り付けて、入れ替わり立ち代わりでやってくる、パーティーの招待客へと応対する。今日の招待客の大半がファミリーのボスとつながりを持ちたがっている人、あるいはあたしの隣でにこにこ笑う、形だけの花婿に取り入ろうとする人。ああ、本当に厭になる。だけど、それを表に出すことは許されない。思ってもいないことを笑顔で吐きながら、隣に立つ彼の腕にすり寄る。ドレスに隠れた青あざがズキリと存在を主張するけど、全部ムシした。昨日あたしを殴った手で、あたしの頭を撫でる。キレイでヤサシゲなカオの裏に隠された、悍ましい素顔。触らないで。そう言えたら、どんなによかったか。

「御令嬢様のご婚約、心よりお祝い申し上げます。末永いお幸せと、ますますのご発展をお祈りしています」

ボスの周りにも人だかりができていて、あたしの婚約を口実に会話を広げ、利を得ようと必死なようだ。しかし、醜い足掻きはどれもボスの琴線には触れなかったのか、彼らが苦心して磨いたのだろう腐れ林檎を、「話はそれだけ、か。随分と舐められたものだ。こんなもんで俺が釣れるとでも?」とつまらなそうに投げ捨てた。ファミリーの利にならないものに対してはとことん無慈悲なボスらしい。

「君、どうかした?」

ボスの方に意識が向きすぎていたことに気づいた彼が、すぅっと目を細める。冷え切った目。あたしを殴るときと同じ、温度のない目。冷たい恐怖があたしを貫く。
こわい。

「、大丈夫よ! こんな素敵なパーティーを開いてくれたお父様ってやっぱりすごいって思ってたの」
「へぇ。君は婚約者よりも御父上の方が魅力的だと言いたいのかい?」
「まさか! そんなわけないでしょう。あなたが一番素敵だわ」

口をとがらせて、「あたしがこんなに愛しているのに、あなたはあたしを疑うの?」と拗ねて見せれば、彼は無関心を瞳の奥に宿しながら、「冗談に決まっているだろう。可愛い君」と頬に軽いキスを落とした。

「あまり調子に乗るなよ。この道具風情が」

顔を離す間際、悪意の囁きがあたしを絶望へと突き落とす。刃物を首筋に当てられたような感覚。あたしに悪意の刃を突きつけた彼は、苛立ちをすっかり笑顔の下に隠し、よってくる人たちの応対をしていた。
誰にも見えない角度でぎゅうと拳を握る。大丈夫。そのためにあたしは準備してきたのだから。あたしの手にあるのは、本来彼が持っているはずのパスコード。あたしを兵器として使おうとしている彼は、誰が言いくるめようが絶対に口を割らない。このコード一つで何が変わるわけでもないけど、もうこんな息苦しい生活なんてまっぴらなの。生き残れる(死なない)可能性があるならやるしかない。これをファミリーと敵対している人間に渡せたら成功。こんなあからさまなパーティー、ネズミの一匹や二匹紛れ込んでいても不思議じゃないから。

「ふぅん。わたしのセキュリティに穴があるとでも言うのか? ならそれを証明してみろ」

雑踏の中でも存在感の失わない強気な声を、強化された聴力が捉えた。冷血と名高い参謀の声。彼女と話しているのは新人だろうか。見たことのない姿。しかし下っ端というには随分と身なりが整っている。どこかの家の跡継ぎかなとも思ったけど、彼女に臆することなく話しかけに行けるあたり、只者ではなさそう。もしかしたら、と淡い期待を抱きながら、その人を横目で観察する。あたしの角度からだと、逆光になってしまいその人の顔は見えなかった。少し残念に思いつつも、あまり長く別のところに意識を向けていると何を言われてしまうのかわからない。後ろ髪を引かれる思いで視線を逸らした。
だけど、幸運の女神はあたしに味方してくれたみたい。

「はじめまして。私、 と申します。この度は、ご婚約、誠におめでとうございます」

あたしたちの目の前に立つのは、さっき参謀のところにいた人。

「 さんね。あたしたちを祝福してくれてありがと! ……今日はいろんな人があたしたちを祝ってくれるの。あたし、すっごく幸せ」
「そうだね。これもすべて君の愛らしさが故だろう。皆君に魅了されている」

あたしたちの薄っぺらな演技を見る目は、何を考えてるかわからないけど、何かタイミングを見計らっているみたいだった。視線があたしの隣に向かってる辺り、目当ては彼かしら。あたしがいるとやりにくいのかな。飲み物を取る素振りを見せて自然に彼から離れると、すっと彼の方へ寄って、なにかを囁いた。あたしに聞こえないように話してるつもりみたいだけど、

「博士からコードが流出したと言われて……」
「そうなの?でも新入りの君たちにコード教えるのはなぁ……」
「どうしたの?何かお話?」
「あぁすまないね、ちょっと問題が起きたようで……」
「気になるなら誰かに確認してみたら?その間私がお話しするわ!」
「そうだね、僕が確認した方が早いだろう。済まないが少し待っていて欲しい。ちょっとそこの君」

彼は近くにいたスタッフを捕まえて、博士の元へ案内させた。パーティーの中で初めて彼があたしから離れた。チャンスはここしかない。あたしは一歩近づき、その両手を包み込む。包み込んだ手に、コードを忍ばせて。あたしの突然の行動に驚いたのだろうその人と目が合った。自分の欲ではない、真実を追い求めるまっすぐな目。ああ、きっとこの人なら解いてくれる。だけど、本当に確認だけしてきたのだろう彼がすぐに戻ってきた。あたしが何かを渡したことに気が付いたのか、「どうかした?」と圧を掛けてくるけど、もう恐れる必要はない。

「何でもないわ! それより、さっきの話は大丈夫なの?」
「そのことなら先ほど解決した。博士の研究助手曰く、『問題は何もない』そうだ。さて、これは一体どういうことだろうねぇ」

にっこりと口元だけで彼は嗤う。鎌首をもたげた毒蛇にも、その人は微塵も怯むことなく、真正面から相対した。「確かに聞いたと思ったのですが…… 何事もなかったようでよかったです」と飄々と宣う様子を見るに、あたしの目は間違っていなかったと確信する。
数秒の睨み合いの後、その人は立ち去る非礼を詫びて、パーティーの雑踏に紛れていった。


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