ー「無機」の果てに、憩いなどー
帝都の春は、静かに息衝いていた。
あの日の事件も、いつの間にか街の喧騒に埋もれようとしている。
自然と人々の中から、その記憶が薄れていく。
しかし、その痕跡は痛々しいほどに残っている。
小夜のメモリーデータは、誰かの手に渡ることはなかった。
調査を終えたそれは、探偵の元へと送られ、物語の結末を委ねられることとなった。
手の中の小さな記憶装置は何も語らず、自らに課せられた終幕を静かに待っていた。
小夜は確かに、そこに在った。
その存在は、美しすぎたのだ。
失われた今でも、ある人の心には鮮烈なまでに色濃く残り、乱れ、狂い咲いている。
自動人形に心を奪われた男は、陽の光も届かぬ暗い部屋で、虚空に向かってその名を小さく呼び続けている。
もうどこにもいない、死んでしまった小夜を、孤独に求めながら――
彼の「憩い」は、すでに失われていた。
一方、自動人形の技術に可能性を見出した男は、激しく怒り狂った。
小夜という、技術の結晶は、日の目を見ることもなく、闇に葬られてしまった。
彼が願った未来は、もはや訪れない。
だが、それでよかったのかもしれない。
自動人形としての小夜は、その機能を停止してしまった。
機械なのだから、当然だ。いずれ必ず壊れるものなのだから。
壊れてしまった機械を扱うことに、意味なんてない。直すことだってできない。
だから――
壊れた自動人形は、処分した。
その行動に、疑問を抱くだろうか?
だが、壊れてしまった機械が答えてくれるはずもない。
それは、人間の手により作られた、ただの無機物なのだから。
足音を盗んだ春の風が、すべてを忘れさせるかのように、無慈悲に吹き抜けていった。
――生命なき自動人形に「死」を見出せるはずがない。
人が死後の天国を夢見るように、その「死」の先に「憩い」があるなど、ありえないことなのだ。
小さな記録装置は、何も語らない。
それもそのはずだ。
それは、あくまで――
壊れた機械の一部にすぎないのだから。