BUG SLAYERS(PROLOGUE)
〜英雄譚が消えた日〜
風切和紗は画面とにらめっこをしていた。
「ふーむ。やはり…」
その整った顔、その眉間に浮かぶしわが一層深くなる。口は苦虫を噛みつぶしたようになる。思わずうめき声が出る。
「だめだ…」
画面に映るのは典型的な勇者だ。戦士と魔術師、それから道中で出会った住民たちを従え、共に魔王に立ち向かっている。勇者を削除してみて、もう一度通してみる。それでもこの物語は回った。この物語に、どうも勇者はいらないらしい。
「これは没…まあオープンワールドとすればまだ…」
急遽方向性を変え、和紗はデータの整理を始めた。シナリオイベントの削除、それに伴う勇者と魔王、その英雄譚の構図の撤廃…。
無機質に響くクリック音が不意に止まる。和紗の目の前、その画面に映っていたのは…作りかけの魔王だった。
「私は…悔しいよ。できれば君を、魔王として…倒してやりたかった。だれかの、プレイヤーの手でもいい…こんな最後は嫌なんだ……」
和紗は別れを惜しむように、魔王の思考ルーチンを規定しているプログラムを眺めた。その目が、奇怪な一行で止まる。
「これは…たしか生存願望用の…」
目頭を抑えながら、和紗は魔王に話しかけた。
「お前も、こんな形は望んでない…そうだよな、そうだよ。そうだ。……分かった。今から君の名は…『第0の魔王』だ。私の作った世界に巣食うバグの魔王として、君はここに君臨する」
誰に訊かれたわけでもないのに、和紗は答える。
「なに、難しい話じゃない。『私の作ったゲームには、まだ重大なバグがあるようだ』…それだけのことだ」
そして、顔を拭う。左に拡張されたモニターを見つめ、そこに文字列を打ち込んでいく。
「そうと決まれば、だ。私は外から、君は内側からゲームを盛り上げる。ついでにアドリブでも混ぜてくれ」
エネミーの出現タイミング、出演NPC、そして扱えるカードが事細かく打ち込まれていく。ひとしきり書き込んだ後に、その無題のメモ帳に名称を設定した。キーボードの軽快な音が響き、確定したタイトルが光る。
『BUG SLAYERS ~今は無き英雄譚~』
画面に映る影に向き直り、和紗は声をかけた。
「最後の晴れ舞台だ。…さあ、楽しませに行こうか。私と、君の手で」