道は交わらない
作者:守里 桐(@kiri_ragadoon)
原作:人知らず(@Hitosirazu456)
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「『秘密の【使命】(シークレットミッション)』を抱えていたのは、我々だけではなかったようだな。
ともかく、これでしばらくはロッソファミリーも大きく動くことはないだろう。
現時刻をもって、ミッション完了とする。疲れただろう、体を休めてくれたまえ。
だが、もし招集がかかったのなら、そのときはまた君たちの力を貸してくれ。以上、通信終了。」
ぶつりとサイト64からの通信が切れる。全く人使いの荒いことだ。
こちらの返答を聞く前に通信が打ち切られるのはいつものことなので、いまさら特に思うことはないが。
今回のために作り上げた仮面と共に、任務のために支給されていた端末を初期化する。
サイト64から送られていた事前情報も、無機質な画面に表示されている通信履歴も、所詮は0と1。
端末は小さくバイブレーションし、積み上げられていた0と1は電子の海の藻屑と化した。存外あっけないものだ。
これでロッソファミリーのパーティーに参加していた「 」という人間の痕跡は消えた。
サイト64も「休んで良い」と言っているし、任務成功祝いに少し贅沢でもしようか、なんて。
まあ自身の職務上、大したことはできないが。
とりあえず今日はさっさと寝てやろう、と二度と経験したくないような疲労を抱えながら、自身のセーフハウスへ帰っていった。
*
新兵器の情報を掴み、無力化する。
それが今回サイト64のエージェントたる自身に課せられた任務だった。
ボス、参謀、博士、花婿。それぞれの思惑が交差していた令嬢のパーティーに潜入し、無事に「新兵器」を停止させることに成功。
——その「新兵器」が令嬢のことだとは思ってもみなかったが。
サイキックの少女。それが噂になっていたロッソファミリーの「新兵器」だったのだ。自分の娘を改造し、兵器としたボスの気持ちはわからない。
だが、こちらの正体を察しながらも、道化を演じて新兵器を止めるよう、こちらを誘導していたあの素振り。参謀や博士もそうだ。
本来敵であるはずの自分を利用し、いったい何をしようとしていたのか。
そのことだけが妙に心に引っ掛かり、数日後、招集はかかっていないが、サイト64へ足を運ぶことにした。
「おはようございま、す……?」
そこで見たのは、大量の資料が詰め込まれた段ボールの山。
サイト64を統率する職員以上のために置かれていたデスクも、大半が片付けられていた。
あまりの豹変具合に目を白黒させていると、奥の資料庫でファイルを段ボール詰めしていたのだろう職員の一人がひょっこり顔を出した。
白髪交じりのその男は、こちらに気づくと「お疲れ様。何か問題でもあったかい?」と、資料の整理の片手間とばかりに問う。
何か問題あったか、ではない。こちとらサイト64ごと撤収するような大片付けをしている理由がわからないのだ。
連絡だって一切来てな—— いや来てないよな?
若干不安になり、サイト64との連絡用端末を確認する。新着0。未受信0。
万全を喫して任務終了から今日までの履歴も確認するが、こちらも0。よし、こちらの不手際ではない。
「ああ、この前ロッソファミリーのパーティーに潜入してお手柄だった子だね。もしかして連絡が上手くいってなかったのかな。それは悪いことをした。
まあ、わざわざ来てくれたのにそのまま返すのも忍びない。ああそうだ。折角ならこの片付けを手伝ってくれないかい?
君はあのパーティーの後の顛末を知らない。しかし、エージェントたる君には知る権利がある」
一冊の新しいファイルをこちらに差し出しながら、初老の男は目を細めた。
「それに、君は知りたいからここに来たのだろう?」
そうでなければこんなところ来ないものね、とこちらを見透かすような灰青。面倒なことに巻き込まれた。悪態が出そうになるのをどうにか抑え込む。
しかし、こちらとしてもこの現状についてまったく情報がないのは彼の指摘する通りだ。ため息一つ落として、まだファイルの残っている棚に近づく。
「いやぁ。助かるよ。ファイルは年代ごとにまとめて仕舞って。ああ、基本的に棚の順番に入れてくれれば大丈夫。……うーん。これでも大分減らしたんだけどね」
これなんてサイト64ができて間もない時のだよ、と手を止めて見せてくる男へ適当に相槌を打ちながら、テキパキと資料を段ボールの中に陳列していく。
こちらに手を止める気がないのだと悟ったのか、男は再び側の棚に向き直った。
同じ作業の繰り返しで若干飽きていたのか、少し乱雑に数冊のファイルを掴むと、自分が次に使おうと思っていた段ボールに遠慮なく入れ、おもむろに語りだす。
「君が『新兵器』を停止させた後、サイト64があのパーティー会場をはじめとしたロッソファミリーの拠点に捜査官を派遣して、ボスや参謀の確保に向かったんだ。
だけど、拠点はすでにもぬけの殻。中核を担っていた人物に関する情報は髪の毛一つ残っていなかった。逮捕できたのは下っ端ばかりで、大した情報にならない。
結局ロッソファミリーが何の目的であんな非人道的な兵器を作ったのかは解らず仕舞いさ」
「そう、なんですか」
彼らの本当の思惑を知る日は来ないのか。それを知りたくてわざわざここまで来たのに、収穫はゼロ。こんな片付けまで巻き込まれるし、実質マイナスか。
「『ファミリーの技術力を外部に知らしめるため』『新兵器を使った脅し』といくつか説は出ているけど、それでは君にすんなり協力した理由にはならない。
真実は当人のみぞ知る、かな」
答えになっていなかったね。と申し訳なさそうに繕った声で謝られた。
「ああそうだ。少し話題は変わるけど、ロッソファミリー関連だから伝えておこう。あの日、令嬢の婚約者としてパーティーに出ていた男がいただろう?
彼が自首してきたんだ。随分といろいろなオイタをしていたようだよ。一番度肝を抜かれたのは『新兵器』を用いた戦争計画を立てていたことだね。
祖国を偉大な世界帝国にするだのなんだ言っていたが、何かに極端に怯えていたようにも見えるから、『ファミリーの報復に遭った』とまことしやかに囁かれているらしい」
「令嬢の婚約者が、ですか?」
あれだけ「明るい様子の令嬢と、これから幸せに溢れた新婚生活を送ります!」という空気だったのに、裏ではとんでもないことを考えていたようだ。
確かに、よくよく思い返してみれば、令嬢のことは外面しか褒めていなかった、令嬢に興味がなさそうな素振りをしていたなど、違和感はあった。
成程、そういうことだったのか。