金体白色西半月 師範 魚 住 一 郎
全日本弓道連盟の弓道教本第一巻の冒頭に、現代弓道の理念である「礼記・射義」とともに、弓射の要諦として紀州竹林の開祖吉見順正の「射法訓」が掲げられていますが、その中に「書に曰く、鉄石相剋して火の出ずること急なり。即ち金体白色西半月の位なり。」とあり、その意味は「離れた後の残身(残心)の射の位(射格)を示したもので、・・・・射によって生まれる悟りの姿の真実を詠ったものである」と解説されており、弓引の間では既に馴染の深い言葉ですが、この際改めてその出典と詳細について紹介し、参考に供したいと思います。
尾州竹林流四巻の書「中央の巻」第十四「五輪砕きと云う事これあり」として、「金体白色西半月」と云うことが記されています。さらに「五輪砕き」については、「五輪は本来五体と称し、地・水・火・風・空を云う。茲(ここ)では五行として教えしも、奥伝には、右を弓道に講じ一大事の秘伝として詳しく伝う。内伝潅(かん)頂(じょう)の巻を待つべし」と註解されています。
百科事典によれば、「五輪」とは、「真言密教の根本教主であり宇宙万物の実相を霊化した大日如来の三昧耶形として立てるもので、宇宙の万物を生ずる根源である地・水・火・風・空を象る石塔(下から順に方形・円形・三角形・半月形・如意珠形の形をしている)のことを云い、「墓碑」としても用いられる。」とされ、また、古代中国から伝わった「五行」については、「木、火、土、金、水が万物生成の要素であるとし、この五要素が循環して万物の発育・進化するという思想」であると云われています。
「五輪砕き」では、「五行(木、火、土、金、水)」を「五つの色(黄・黒・青・赤・白)」と「五つの方角(中・北・東・南・西)」と「五つの形(四角・圓形・團形・三角・半月)」とに配分し、更にこれを弓の弾き方にあてはめ、「一に、土体黄色中四角(足踏み・胴造り)」、「二に、水体黒色北圓形(えんけい)(打ち起こし・引き分)」、「三に、木体青色東團形(だんけい)(会)」、「四に、火体赤色南三角(離れ)」、「五に、金体白色西半月(残身)」として、それぞれについて弓射の基本・運行等について教示されています。
「金体白色西半月」については、「是は右の段々を仕尽して、弓手も馬手も三日月なりに先枯(さきがれ)になし、扨(さて)いかにも能(よ)き刃(は)金(がね)を能く鍛へて剛(つよ)くはじかく晴(さ)へて軽き刃金などを打折る如くに離る、口伝莫大なりと云々。」と説明がされています。
日置流を源流とする諸流派の教えは、ほとんどがいわゆる射法・射術に終始しているのに比し、竹林坊如成を流祖とする尾洲竹林流では、一貫として真言密教の思想を根底とした射法・射術を説いており、この「五輪砕き」にもその特徴がよく表れているといえます。
吉見順正の「射法訓」には次のような前段があると云われており、本文と併せ、よくよく吟味して稽古に励みたいものです。
「抑々(そもそも)弓道の修錬は、動揺常なき心身を以て押引自在の活力を有する弓箭を使用し静止不動の的を射貫くにあり、その行事たるや外(そと)頗(すこぶ)る簡易なる如きも其の包蔵(ほうぞう)する処、心行想の三界に亘(わた)り相(あい)関連して機微の間に千種万態の変化を生じ、容易に正鵠(せいこく)を捕捉することを得ず、朝に獲(え)て夕に失い之を的に求むれば的は不動にして不惑(まどわず)、之を弓箭に求むれば弓箭は無心にして無邪なり、唯々之を己に省み、心を正し身を正しうして一念正気を養い、正技を錬り至誠を竭(つく)して修業に励むの一途あるのみ。」