私の住んでいるところは、一宮市といっても街から遠く離れた田舎で、宅地の囲りには椋の大木や槇、柿、サンゴ樹等の生垣があって、毎年秋にはその生垣の枝打ち作業をする例になっているが、枝打ちが済んだ跡には沢山の小枝大枝が山積し、それを処分しなければならないので細かく切り刻んで湯沸しボイラーの燃料にしている。昨年秋の枝打ちの時に椋の大木を切り倒し、これを料理するに苦労したが、同時に鋸で木を切るのと弓を引く場合と同じようなコツであることを痛感した。
先ず椋の大木の枝を切り落とすのに、小枝は小さい鋸を、中枝は中の鋸を、太い幹は大きい鋸を使うのは勿論であるが、鋸を使うコツが弓を引くときのコツと同じであることを痛感したのである
椋の小枝を切り落とすのは小さい鋸で簡単に切れたが、直径三十センチの幹を長さ三十センチ程に切断するために大鋸を使っても、なかなかうまく切れない。左右両手にムダな力を入れすぎていたからである。力が入りすぎると鋸がくねってうまく使えず、切れ目が歪み、鋸が軋り、腕が疲れるばかりである。
椋の木の料理も段々に終りに近づく頃になって鋸を使う要領が弓を射る要領とよく似ていることに気がついた。
大木を切断する鋸の使い方は、小手先の働きだけではダメであって、両足をふん張り、腰をきめ(胴造り)上体をやや柔らかくし、殊に鋸を握りしめるのに余り強く握らずに、鋸を押すときは柔らかく握り、曳くときは適度に握力を強くする(弓の場合、引き分けのときに手の内が余り固くならないように、引き収めから会の詰め合い伸合いから離れ残身に至るまで、手の内が緩まないように徐々に締めていく)ようにすることである。そして、呼吸に合わせて、全身が腰を中心として同時に働くようにして鋸を使わねばならないことがわかった。これを詳しく云えば、足腰の発動によって上半身が働き、それと同時に両腕と両手先が働くようにすることである。このように鋸を使えば大工さんではない素人の私でも、割合にうまく切断することができたのである。
弓を射る場合に息相が調わず小手先に力が入りすぎて全身の働きがなくては、弱い弓は引くことはできても、強弓を引くことはできない。現今の弓道界一般的に弱い弓を小手先で引いている風潮があるが。全身全霊を使って引きたいものである。
鋸を使うにも弓を射る場合にも、最も大切なことは呼吸と気力と全身の筋力が木の太さや弓の強さと好く調和しなければならないということを忘れてはならない。即ち下記のように、ムダ、ムリ、ムラがあってはならないということである。
小枝(弱弓)に対し大鋸(強すぎる筋力)=ムダ
大木(強弓)に対し小鋸(弱すぎる筋力)=ムリ
鋸を使う呼吸と速度(打起こしから離れまでの息相と引分けの速度)が速すぎたり遅すぎたりする=ムラ