第14号 悟弓巻頭言

TOP巻頭言集第14号 悟弓巻頭言



 人間一生の間に一本の矢を放つ      師範 魚 住 文 衞



 仏教に三世という言葉がある。即ち過去、現在、未来ということである。弓道においても古来足踏みから残身までを過去身(足踏みから弓構えまで)現在身(打起こしから会まで)未来身(離れ残身)に分けて教伝されているが、この過去、現在、未来ということは、それが一貫した1ツのものであるとも考え得るであろうし、又、細密に考えれば現在は瞬く間に過去になり、且つ未来は瞬間に現在に移行するとも云えるのである。弓道は常に正しさが要求され、1本の矢を射るのに、常に現在を正しく運行しなければならない。現在の動作が正しければ、よい結果(よい過去)をもたらし、現在が正しくなければ悪い結果(悪い過去)となることは勿論であるが、ここでよく考えてみればならないことは、現在の動作(運行)を正しく行うには正しい未来を考慮しつつ、且つ、過去も十分配慮しながら現在の動作を正しく実行しなければならないということである。換言すれば未来と現在と過去は、一射を行う場合の一貫した現在でもある。

 このように瞬間的な過去と瞬間的な現在と瞬間的な未来を同時に考えつつ動作しなければならないところに弓射のむつかしさがあり相当の修練を要する所以でもある。

冒頭に述べたように、一射を過去身、現在身、未来身に区別した教伝は、一射を行う場合の分離的な教伝であるが、その実は足踏みから残身までを一貫した現在身という教えでもある。

 これを人生に置きかえるならば、常に過去を反省し、常に将来を念頭において現在を行動することが肝要であり、人間の一生を 七〇年とすれば、この尊い七〇年の間に一本の矢を射る心構えを以て、常に過去を反省しつつ、最善の将来に向かって最善の現在に努力を傾注したいものである。

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