第13号 悟弓巻頭言

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   初心に帰るべし      師範 魚 住 文 衞
                         

 尾州竹林流の伝書に、初勘の巻、歌知射の巻、中央の巻、父母の巻という書物(これをの書という)があり、その初勘の巻の中に「始中終法度の事」という教目がある。この内容を要約すると直接的な意味では、過去身(足踏みから弓構えまで)、現在身(打起こしから会まで)、未来身(離れ残身)についての射術の法則の教義が詳しく教示されており、また広い意味では弓を習い始めた初心者の時代から、十年二十年と修行を積んだ所謂中堅時代、三十年四十年或はそれ以上も修行して老錬の域に達した時代を通じ一貫して守るべき弓射の心構え等の教示でもある。

 この「始中終法度の事」の教目の中に「名人達人たらんと欲すれば常に初心に帰るべし」という教訓がある。ここで思うことは学生の弓道に限らず一般社会人の弓道に於ても、初心のうちは射法の基本についての修錬が足りないので、その基本を忠実に行なおうと努力するが、二〜三年も修行を積んで概ね基本が身につくようになると、無雑作に弓を引いたり、我流を混ぜた行射をするようになり、悪癖が出始めるのである。二十年三十年の長い弓歴を有する人でも、やゝもすると射法の基本から外れることもある。

 近年日本の弓道界、殊に指導者講習会などでは「射の基本」を相当重視して行っている。射の基本は先ず執弓の姿勢から始まる。の姿勢については案外無関心の人が多いが、執弓の姿勢の良否は射品射格に影響するばかりでなく、実際の行射にも深い関係を有つことを認識しなければならない。弓射の始まりは先ず正しい執弓の姿勢が大切であり、この時に正確な胴造り、両肘の構えは両肘に生気を持たせる、両拳の位置は左右の腰骨の前端に拇指を軽くつける、二の腕(肘から拳まで)を力まぬように柔らかくやゝ丸味をもたせる、顔持ちを正しく、眼は半眼に開き視線は立ったときには約四メートル先の地上に注ぐ、呼吸を整えて心を澄ますこと等が肝要である。この基準は進退及び起居などの諸動作のときは勿論、実際の行射中(足踏みから会離れ残身弓倒し)も崩してはならないのであって、足踏みのときに胴造りが崩れないよう、物見を正しく、打起こしから会に至るまで胴造りや両肘の働らきに注意し、両手先の方は力まないように、息合いと射の運行が調和するように、何れも執弓の姿勢のときの気持ちが最後まで一貫していなければならないのである。

 正しい執弓の姿勢の基準を射の最後まで維持することはむつかしいことではあるが、先ず平素の練習において執弓の姿勢を正しくして射の最後まで丁寧に運行することに心掛け、その積み重ねによって正中を得るように努めたいものである。

 無雑作に弓を射るのは百害あって一利なしというべきである。一射一射を執弓の姿勢から弓倒しに閉ぢ足に至るまで射法の基本に従って慎重に行なうことが初心に帰ることに相当し、名人達人になる早道である。

 今年は全日本学生弓道選手権大会が名古屋で開催されることになっているので、今から初心に帰って真剣な練習を継続して立派な成果を挙げてもらうよう切望してやまない次第である。


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